【水めぐり 山形・東根】(下)豊富な井戸水で麩づくり
山形空港に近い山形県東根市大富(おおとみ)地区から5キロほど北に、六田(ろくた)地区がある。最上川の支流・白水(しろみず)川のほとり、旧羽州街道沿いに民家が並んでいる。「奥の細道」で山寺への行き帰りに芭蕉も通った、かつての宿場町だ。
http://sankei.jp.msn.com/region/tohoku/yamagata/080506/ymg0805060251000-n1.htm
奥の細道には出てこないが、同行した弟子、曽良の日記に、六田で内蔵という人物にもてなしを受けたという記述が残っている。
その六田で行われている麩(ふ)づくりは、江戸時代末期の文久年間までさかのぼれるという。葉タバコの裏作として栽培した小麦の産地であり、何より井戸水が豊富だった。
麩は練った小麦粉を何度も水で洗って、でんぷんを取り除き、残ったグルテン(タンパク質)を焼いて作る。大量の水が欠かせない。ぜいたくな食べ物ともいえるが、昔は貴重なタンパク源だったのだろう。
文四郎麩専務の斎藤幸信さん(38)によると、麩の製造所は全国で 200ほどだが、六田地区のわずか1キロ弱の区間に8軒もあるという。「山形の人は麩が大好き。消費量も多い」。六田麩の8割は県内で消費されるそうだ。
この地区で唯一、グルテンの製造も手がけている大山製麩所を訪ねると、経営者の大山峯昭さん(63)が、機械から水を流しているところだった。底から少し黄みを帯びたグルテンが姿を現す。
1度に 200キロの小麦粉をこね、水を加えてかき回し、水を交換する。これを17~18回繰り返す。3時間ほどの作業で、約 100キロのグルテンが取れる。大山さんは「やっぱり井戸水でないとだめだ」。今は機械を使うが、昔はたらいに水を入れ、足踏みで作業したという。「冬などは、足の感覚がなかったな」。
グルテンは一晩、冷凍する。冷凍すると焼いたときの膨らみがよいのだそうだ。焼き麩はこのグルテンを鉄の棒に細長く巻き付け、焼いて製造する。「六田麩はグルテンが多いから、肉厚で歯応えがあるのよ」と大山さん。水に溶けたでんぷんの方は、1年かけて発酵させ、くずもちの原料として出荷するという。
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白水川の堤防は、桜の名所としても知られる。流れは浅く、その名の通り白く音をたてている。土手の桜の向こうには葉山(はやま)がそびえ、横から真っ白な月山が顔をのぞかせている。葉山はかつて、出羽三山のひとつだったこともある信仰の山だ。
土手下にある白水川観音堂は、もともと白水川の上流から流れ着いた石仏を祭っていたが、宿場町となった六田村の氏神として、元禄時代に如意輪観音像を祭ったという。杉の大木の木陰を、さわやかな風が吹き抜けていく。わきを流れる小川は、白水川から引いたのだそうだ。
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文四郎麩では、一般的な麩のほかに、麩のかりんとう、ドーナツ、まんじゅうなど、新しい製品も開発している。添加物を一切使わない自然食品の可能性を広げたい、との思いからだ。また、六田ふ懐石料理処「清居(せいご)」を開設し、四季折々の食材を使った料理を提供している。斎藤さんは「麩のおいしい食べ方を工夫して、調理法を伝えたい。麩の文化が広がれば」と力を込める。
料理は麩にこだわるというより、食材の持ち味がしっかり生かされていた。
料理処の奥に設けられた花畑は、一面の菜の花が盛りを迎えている。ヤマザクラ、シダレザクラ、サクランボの木も花をつけ、色彩豊か。この辺りも昔は、葉タバコや麦の畑だったのだろうか。
腹ごなしに近くを歩いてみると、右も左もサクランボ畑。初夏の陽気で、農家の人が大きな毛ばたきを使い、サクランボの授粉作業をしていた。
(本間篤)
■六田ふ懐石料理処「清居」
吸い物、生麩のしゃぶしゃぶ、酢の物、煮物などからなるコース料理を提供。旬の食材を使うのでメニューは季節で変わる。午前11時半、午後1時、同2時半の3回。3150円。前日までに予約が必要。定休日は第1、第3月曜日。9割が女性客という。年配者も多い。(電)0237・42・0117。
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